リタイアおじさんの介護とシニアライフ

名古屋市在住の71歳。要介護4(身障手帳1級)の妻を在宅介護しつつ、シニアライフをそれなりに楽しんでいます。

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家にテレビがなかった頃

テレビはよその家で見ていた

日本でテレビ放送が始まったのは1953年、私の生まれた年です。

受像機はまだ高く、個人の家庭のものではなく、街頭テレビ等で普及が図られたようです。

テレビが爆発的に普及する契機となったのは、1959年の当時の皇太子殿下(現上皇陛下)のご成婚と言われています。

NHK映画 寿ぐ御成婚 | NHK放送史(動画・記事)

ただ、農家は現金収入がほとんどないため、テレビはなかなか手に入らず、私の家にテレビが入ったのは私が小学校2年生の時(1961年)です。

それまでテレビを見る機会がなかったかというと、そういうことはありません。

テレビがある家に見に行っていたのです。

映画「三丁目の夕日」の中で、みんなでテレビを見るシーンがありますが、あんな感じです。

私がよくテレビを見せてもらったのは、近くにあった駄菓子屋さんです。

田舎ですから近所の子供の氏素性は皆知られていますし、子供は駄菓子屋の貴重なお客です。

快傑ハリマオと月光仮面

小学校1年生の時、毎週見に行ったのが「快傑ハリマオ」

www.senkosha.net

火曜日の午後7時半から8時迄の番組で、開始前に駄菓子屋さんのテレビの前に張り付いていました。

私だけでなく、他のテレビが家にない子供が集まり結構盛り上がっていました。

物語の地域(マレー半島)や時代背景等は全く理解していませんでしたが、アクションが楽しかった記憶があります。子供ですから理屈抜きに楽しめればよいのです。

主題歌は当時の人気歌手三橋美智也が歌っていました。

www.youtube.com

ストーリーはろくに覚えていませんが、「真紅な太陽、燃えている」で始まる歌詞は今に至る迄よく覚えています。

今でもカラオケで時々歌います。

私の世代ではよく知られている歌なのです。

快傑ハリマオは宣弘社の作品ですが、同社の作品で有名なのが「月光仮面」です。

www.senkosha.net

ただこれは私が小学校に入る前の作品で、テレビを見に行った記憶はありません。

マンガを夢中になって読んだ記憶があります。

「どくろ仮面」とか「サタンのつめ」とか、悪役キャラに結構はまっていました。

テレビの代わりに映画を見に行ったことを憶えています。

当時は映画の中で月光仮面が登場するやいなや、万雷の拍手が沸き起こった記憶があります。

テレビも映画もみんなで盛り上がっていたのです。

月光仮面のお面を買ってもらい、マント代わりに風呂敷を首に結び、子供たちで月光仮面ごっこをしてよく遊んだな・・・

我が家にテレビが入ると、さすがによその家にテレビを見にいくこともなくなりました。

貧乏だったけど、なぜか明るく、のんびりとしていた昭和のよき時代の思い出です。