トメ子さんはトメさんだった!
6月28日に預金の相続の話を書いたところ結構な数のアクセスをいただきました。
今回は相続にかかる銀行員時代の思い出です。
30歳を超えたころ、私は東京都内の支店で融資の課長をしていましたが、ついでに貸金庫も担当していました。
当時の支店で使用していた貸金庫は金属の保護箱で、顧客の依頼に応じて金庫室から取り出して専用のブースで中を開けてもらうタイプです。
支店の近くに住む一人住まいの老婦人トメ子さんが亡くなりました。トメ子さんは支店で貸金庫を借りていました。
相続人から死亡の届を受け、戸籍謄本を拝見すると、トメ子という名前は通称で、本名はトメさんであることが判明しました。
どうもトメでは恥ずかしく、トメ子という通称を使用していたようです。
現在は銀行の取引開始にあたっては本人確認資料の提示が必要で、通称名で取引はできませんが、当時は本人確認の習慣がなく、通称名で取引していたのです。もちろん通称使用届もありません。
トメさんが支店に預けていた金額は少額でしたが、貸金庫の中には多額の財産が入っている可能性があります。
相続人からは早く貸金庫を開けて欲しいという依頼がきています。
とはいえ、預金だけなら金額も少額ですからリスクも小さいですが、貸金庫となると何が入っているか分からないので、厳格に手続きをしないとトラブルに発展してしまいます。
とりあえずトメさんを知っている支店の女性に個人宅に焼香にいってもらった結果、仏壇の写真からトメさんとトメ子さんは同一人物で間違いなさそうです。
問題は事務手続きですが、通称名で取引した場合の相続手続きなど規定(マニュアル)にありません。
やむなく本部に相談しました。本部は何で通称で契約したのかとお怒りですが、私が契約したのではありません。携わった人はとうに転勤しています。銀行というのは引継ぎ行政でトラブルは現に店にいる人が解決しなければなりません。(逆に自分が過去の店で犯したミスは引き継いだ人が解決してくれているのです。)
本部からは明確な回答はありませんので、こちらでいろいろ調べてこんな方法でどうかと提案しました。本部の回答は支店に任すという返事です。官庁の役人と同じで責任はとってくれず、結果責任は支店が負うことになります。腹を決めて対応するしかありません。
貸金庫の中身は・・・
一応書類ができあがったので、相続人に連絡し貸金庫を開ける段になりました。
相続人は全員名古屋にお住まいです。
後日のトラブルを避けるため相続人全員に来店をお願いしました。
迎えた貸金庫を開ける日、予定時刻になると相続人の方が関係者を含め5~6人意気揚々と来店されました。
必要書類の署名・捺印、チェックを済ませると、貸金庫からトメさんの借りていた箱を取り出し、相続人が待つ応接室に鍵とともに届けました。
貸金庫の中身は個人のものなので銀行は中身を見ることはなく、応接室の扉を閉めて中身を取り出し引き取って貰うことになります。
10分ほどして、相続人たちが部屋からでてきました。もちろん何が入っていたかなどとは聞きません。
ただ状況はすぐ把握できました。焦燥したがっくりとした様子で店を去っていかれました。東京名古屋間の往復運賃すら出なかったかもしれません。
通常銀行に貸金庫を借りているとなれば、よほど大事なものが入っているのではないかと考えても不思議ではありません。想像で胸を膨らませてご来店されたのでしょう。
でもトメさんにとっては金銭よりも大切なものが入っていたのかもしれません。
それを多額の財産かと想像するのが人間の欲なのでしょう。
それにしてもトメさんは人騒がせなお方です。
私は通称の問題で、相続人は貸金庫の中身で振り回されました。
でもトメさんは何も悪いことはしていません。
取引開始時にきちんと手続きをしない銀行と、勝手な想像をした(⁉)相続人の問題です。