リタイアおじさんの介護とシニアライフ

名古屋市在住の71歳。要介護4(身障手帳1級)の妻を在宅介護しつつ、シニアライフをそれなりに楽しんでいます。

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昔は農繁休暇があった

田植えの時期は小学校が休みだった!

私の小学校時代の事ですから、かれこれ60年くらい前の話です。

当時6月のはじめくらいだったと思いますが、私の通っていた小学校では「お手伝い休暇」なるものが4日間くらいありました。

建前は家のお手伝いをすることで、仕事のたいへんさ、大切さを肌で感じるということだったでしょうか。

そもそも私はこの休暇が大嫌いでした。

何故って、農作業に刈りだされるからです。田植えを手伝わされるのです。

当時は農機具も耕運機くらいしかなく(幼いころは牛を飼って、耕作させていました)、当然のことながら手植えです。

水を引いた泥田の中では自由に動けません。1日中中腰で田んぼに入っているだけで、大人にとっても田植えは結構な重労働です。

蛭がたくさんいて、かまれることもしばしばです。

たいして役に立っている訳ではないですが、体がまだできていない小学生が田植えをするのは大変厳しい作業です。

しかし親父にとっては子供が田植えを手伝うのは当然のことであり、お駄賃などはもちろんありません。親父も同じように幼い頃から農作業に刈りだされてきたのです。

当時は子供も貴重な労働力だったのです。

でも、子供にとっていい事などは何もありません。

親は「お手伝い休み」とは言わず、「農繁休暇」と呼んでいました。

小学校公認の、親が小学生を労働に刈りだせる貴重な休暇だったのです。

私の通っていた小学校では農家の子が3割以上はいたと思いますから、親たちの要請によって農繁休暇ができたと考えています。

当然ながら都会の小学校には当時もこんな休みはありません。

私は全ての小学校に農繁休暇があると思っていましたが、高校でこの話をすると、そんな休みは聞いたことがないと言われ、愕然としました。

私の通っていた小学校でも、全員が田植えを手伝わされるならあきらめもつきますが、農家の子以外は家の掃除程度で、後は遊んでいるようです。(当然ですが)

親の大変さは身に染みてわかりましたが、それは一度手伝えばすぐ理解できます。

毎年のように手伝わされて子供心に感じたことは、

農業はきつくて割に合わない。貧乏暮らしを続けるのは嫌だから、大人になったら別の仕事に就こう

という思いが強くなったことです。

実際、私の家の近所の農家の子は皆サラリーマンになりました。

皆、想いは似たようなものだったのでしょう。

農繁休暇とは皮肉にも農業の大変さを子供に体験させ、農業離れを加速させたのかもしれません。

私はこの体験があったことで、サラリーマンになってからいろいろつらい事があっても、サラリーマンをやめようなどと思ったことは一度もありません。

サラリーマンの方が農業よりはるかに楽で、実入りもよく、収入も安定しています。

こんないい仕事はありません。

そういえば前いた会社の工場ではたらいていた方には農家出身の方が結構おられました。工場は力仕事で夜勤もありなかなか大変ですが、30年以上勤務されている方も珍しくありません。農業よりは楽だったのかもしれません。

ついでに言うと、受験勉強も苦になりませんでした。その時は農業の手伝いを免除されたからです。

どこまで農作業が嫌いなんだ!

ほんとに困った農家の長男です・・・